アメジスト 第三話
雨が降っていた。
ところどころ雲の切れ間から光が差し込んでいた。
主はベッドから立ち上がると、
部屋の奥に進んでいき、心地よい水の音が聞こえてきたので
おそらくシャワーを浴びていたのだろう。
そのあと身支度を済ませ、
パンの香ばしい香りととコーヒーの淡い香りに
部屋を包ませた。
…私も人間であったのならば
主とともに朝の時間を共有し、ともに「食事」ができたのであろうか。
私は食事はしない。
その代わりに月の光を身にまとわせる。
なんとも心地よい時間である。
主は「食事」を済ませると、私を水晶であふれた場所から引き上げ、
手首にはめた。
外からは雨音が聞こえている。
外に出ると、主は傘を差した。
傘を持つ手には私が揺れていた。
「ふぅ…。」
主がため息をついた。
その声はとても近く、とてもはっきり聞こえた。
それは幸せにも似た感情を抱かせた。
”相合傘”をしているみたいだと、錯覚した。
私はそっと主の手首に寄り添う。
この冷たい体には主の体温がじんわりととける。
その時、横風が吹いて
主は傘の中心に身を寄せた。
私には彼の心臓の音が聞こえてくるような気がしている。
「私は少しぬれてもいいから、あなただけは幸せでいてほしい」
…と、そっとつぶやくと、
主は少しあたりを見回した。
…この声が届いたのだろうか。
今夜も月の光を身に纏おう。
私をもっと愛してもらうために。
続く。
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